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<<   作成日時 : 2009/02/08 22:34   >>

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テーマ「肩書きではなく中身」
ピリピ2:12〜18

牧師と言うとなんだか偉そうな感じがする。なんといっても師が付いているから・・・
でも師がつく職業は様々ある、詐欺師、ペテン師、釘師、占い師etc、なんだか怪しいものばかりかもしれない(笑
師という肩書きで判断すると痛い目にあうよと言うことなのかも知れませんね。
そのほか世の中最近はブランド志向で肩書きの時代のように感じる。ホエー豚、白老牛、桃太郎、花畑牧場生キャラメル、消費者はその肩書きをみて購入する、しかし、いくら肩書きが良くても中身がダメではいけない!
それと同じように、クリスチャンという肩書きがあるのにも関わらず中身が伴っていなければダメである

1、救いの達成は絶対キリスト力
クリスチャンにとって自分を充実させる(キリストの似る)為にも努力は必要である。しかしパウロは実現に至らせるのは神であると語る。要するに人間の努力は必要であるが人間の努力だけでは救いに達成する事は出来ない。努力だけだと信仰がゆがんでしまう。パリサイ人のように他人と自分を比較し優越感を得たり、自己嫌悪に陥る。救いの達成は人間のとるに足りない努力と絶対的なキリストの力によって行われ、私達もキリストに似るものとなることが出来るのである。

2、救いの達成は『つぶやかず、疑わず』
人生には様々な事がおこる。そして、全てが自分にとって益であることはまずない。案外不都合な場合の方が多いと思う。しかしパウロは「全ての事に」つぶやかず疑うなと語っている。これはクリスチャンであっても非常に難しい事柄ではないだろうか?どうやらピリピの教会にも信徒同士の不和があったようだ。だから私達にも難しい・・・しかしだからといって絶対に無理だと切り捨てる事はやめよう。クリスチャンの目標はキリストの似姿である、キリストは十字架での死にいたるまで人生の不都合に呟くこともなく疑いもしなかった、その姿を目指そうではないか!そのキリスト力を頂いて明日からも歩もう!主にあれば出来る!

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